異世界へ
俺の名前は柊誠一ひいらぎせいいち。特殊な高校に通う2年生だ。
特殊と言っても、漫画の様な能力者や宇宙人がいる様な学校では無い。
所謂、アイドル育成学園……の様な所だ。
有名な女子高生アイドルやジャニーズは当たり前のように、俺の通う学園にいる。
なら、俺もそんなアイドル達並みの顔立ちをしているのか?と聞かれれば、否である。全力で否である。
幸い髪の毛は禿げていないが、不細工であり、酷い体臭の持ち主だ。
体臭に至っては、俺の席の周りを敢えて誰も座らせないという徹底ぶり。しかも生徒からの要望だけでなく、先生からの要望とあってはどうしようもない。
そんな俺は、周りが美男美女だらけのせいか、学園では誰もが知る有名人。……悪い意味で。
おまけに最近は太り始め、入学当初は70kgだった体重は、100kgにまで増えた。自分でも思うけど、救いようが無い程のブサイクである。
太り始めた理由は、両親が事故で他界したせいで、好き放題な暮らしをしていたらこうなった。親不孝な行動をした結果なので、いた仕方が無いと割り切るしかない。自業自得と言う奴だ。お母さん、お父さん、ごめんね?
見た目の件に関して言えば、最早諦めていると言ってもいいのだが、唯一耐えられないのが俺の名前だ。
いや、誠一って響きや字にするとカッコイイんだけど、俺の見た目とはあまりにもあっていなさすぎるせいで、名前負け感が半端無い。全世界に土下座したくなる程に。ごめんなさい。
こんな俺だからか?まあ当たり前のように学校に行けば虐めを受ける。世の摂理と言っても過言でないかもな。
なら何で俺がこの学園にいるのか?と言う疑問に辿り着くだろう。
それは、俺の住んでいる家から近い学園がここだったという事と、このアイドル育成学園は頭がそこまでよくなくても入学出来る学園だったため、と言う理由だ。俺の様な一般人だって普通に学園に通える訳だし。
駄目人間だろ?笑いたけりゃ笑えよ!反省もしてるし、後悔もしてるんだから!
でもホント、便利さや面倒くさいのを嫌って入学した結果、虐められてたら世話ないわな。まあ別の高校に入学しても虐められてただろうけど。
こうして長々と自己説明を一人で延々と繰り広げているのにはとてつもなく深ぁい理由がある。
この一人語りも一種の自己安定のための行動と言ってもいいだろう。
なら何故こんな事をしているのか?
それは少し前の時間にまでさかのぼる――――
◆◇◆
「おい、ブタぁ~!パン買ってこいよぉ~!」
「勿論テメエの金でなぁ~」
ギャハハハハハッ!
そんな笑い声と共に、俺は昼休みに数人の男子生徒に体育館裏に呼び出され、パシリを強要されていた。
見た目が良いと、性格までいいと言う方程式は必ずしも生まれない。まあこの学園の本当に凄い連中……それこそ国民的アイドルとかは、顔も良ければ性格も良かったりする。こんな俺でも普通に接してくれるし。
ただ、俺を一種の引き立て役として使っている感も否めないんだけどね。
結局俺は男子生徒の要望にこたえるために自腹でパンを買いに行き、その後も日ごろのストレス発散としてサンドバックみたいな扱いを受けたりした。
「あらよっとぉ!」
「グッ!」
相手の拳が俺の腹に突き刺さる。
「がはっ!ごほっ!」
「ハハッ!マジで気持ちいいわぁ~!スッキリするよな~!」
「あ、そろそろ次の授業が始まるくね?」
「もうそんな時間か?じゃあ行くか。そんじゃあな~、ブタ!」
男子生徒達は笑いながらその場を去っていった。
「ぐっ……!」
激痛をこらえながら何とか立ち上がろうとすれば、すぐに膝に力が入らず倒れてしまう。
「はぁ……はぁ……」
俺が顔を顰めて、痛みが引くのを待っている時だった。
「ひ、柊君!?」
一人の女生徒が俺に近寄って来た。
「だ、大丈夫!?」
背中まで伸びた地毛の茶髪。頭にはカチューシャが付いている。二重の大きな目には、黒目がちのクリっとした瞳。唇は瑞々しく、桜色を帯びていた。
俺の顔を心配そうにのぞきこんでいる少女は、この学園の中でも指折りの美少女。隣のクラスの日野陽子ひのようこ。
俺の体臭を気にせず、普通に接してくれる極少数の人間だ。
「立てる?」
「あ、ああ……」
こんな俺に何のためらいも無く手を差し伸べてくれるので、俺はこの日野の事をいい奴だと思っている。
ちなみに俺は、少し優しくされたからと言って変な誤解や期待をしたりする馬鹿では無い。自分の見た目の事は、一番よく分かっているのだから。自分で言ってて悲しくなるぜ!
「柊君、何があったの?」
「……日野が気にする様な事じゃないよ。それより教室に行かないと、次の授業に遅れるんじゃないか?」
「あ……うん。そうだけど……」
「なら早く行こう。でも、日野は俺と離れて移動した方が良い」
「どうして?」
「周りに変な誤解を与えるからな。それに、日野を巻き込みたくない」
「え?」
俺はそう言うと、痛む体に鞭打って、日野より先に移動を始めた。
日野は俺の事を本当に心配してくれているようだけど、あんまり心配されるとこっちが困る。まあ、だからこそ日野は人気な訳なんだが、そんないい奴を巻き込むのは俺が嫌なので適当にはぐらかした。
こうしてその後の授業のほか、全ての授業が終了して帰り支度を皆が進めている時だった。
ピンポンパンポーン。
突然放送が鳴った。
『全校生徒の皆さん、全ての行動をやめ、着席してください』
そんな、訳の分からない事が放送された。
皆一瞬手が止まり、首を傾げていると、何故か全員凄い勢いで席に座った。
「なっ!?」
「か、体が!?」
かくいう俺も、帰りの支度をしていたみなので分かるが、いきなり目に見えない何かによって、俺は強制的に着席させられた。
「意味が分からねぇ……」
俺がそう呟き、もう一度席を立とうとするが――――
「う、動かねぇ!?」
「どうなってるの!?」
まるで椅子に縛り付けられたかのように身動ぎ一つ出来なかった。
どれだけ体を揺すろうとしても、ビクともしない。
本当に椅子に縛り付けられているかのようだった。
そんな状況にクラス全員が焦っていると、再び放送が流れる。
『やあ、皆。僕は君たちの世界で言う≪神≫と言う存在だ』
老若男女のどの声にも当てはまらない不思議な声がスピーカーから流れてくる。
『今君たちは突然の状況に困惑してるみたいだね?不可解な事が起こると、人間は冷静でいられなくなる。これだから人間は哀れで滑稽な生き物なんだろうね』
何を言ってるのかさっぱり分からなかった。人間?それに、この声の主は自分の事を神だと名乗った。
もし普段の状態で、これを本気で誰かが言ってるのであれば、トチ狂った野郎位にしか思わなかっただろう。
だが、現に俺達はよく分からない力で強制的に着席させられ、その上身動きすらとれないでいる。体に何か巻き付けられているという訳でもないのに。
だからこそ、この放送の神と言う言葉に妙な信憑性が俺の中では芽生えていた。
『君たちみたいな人間に一々細かく説明するのも面倒だから、簡単に説明するね』
スピーカーから流れてくる声には、どこか楽しげな雰囲気もとれる。
『これから君達には、この地球とは違う世界――――【異世界】に行ってもらうよ』
「「「……」」」